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燕下都遺址




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【 燕下都遺址 】
 易県の町の東南方、北易水と中易水の中間に位置する。春秋戦国時代、薊とよばれるの都は現在の北京に置かれたが、この地には下都が置かれた。広さは、南北約4km・東西約8kmで、東西の二城に分かれている。東城は周囲18.5kmで、北は北易水・南は中易水・東は古河道・西は濠と四方を水に囲まれ、宮殿区・居住区・工房区・墓区・古河道の5地区に分かれている。西城は、東城の防御を固めるための付城。司馬遷の「史記」によると、燕の太子丹が秦の始皇帝を暗殺するために、歴史上に名をはせる刺客・荊軻(?〜前227年)を送り出したのもこの地である。荊軻は、旅立つ前に易水の河畔で、「風蕭蕭として易水寒し。壮士ひとたび去らば、また帰らず」との歌を残している。


司馬遷/(C) 劉 力群



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