総人口の約95%が中国系、約2.8%がポルトガル系となっている。1992年12月20日にポルトガルから中国に返還され、香港と並び、返還後50年間「一国二制度」の原則にのっとって外交と防衛以外の自治権を有する特別行政区となった。カジノをはじめとしたギャンブル産業が世界的にも有名で、実にマカオ政府の収入の約60%をギャンブル関係で占めている。年一回開催される、マカオ・グランプリも有名である。
1513年にポルトガル人ジョルジュ・アルバレスが中国の南部に上陸し、1533年には海賊撃退活動に参加することを条件にポルトガルは明朝からマカオ滞在を正式に許可された。その後、ヨーロッパと中国・日本などとの中継貿易地点として繁栄を極めることになるが、港の水深が浅く大型船が入港できないために、その地位は香港に取って代わられた。
1845年には、ポルトガルがマカオを自由貿易港として宣言した。その三年後には中国人の総督暗殺事件を幸いとし、清朝への地租の支払いを停止してマカオでの行政権を認めさせた。1888年にはポルトガルは清朝と友好通商条約を結び、マカオの永久租借を認めさせて正式にポルトガルの領土とする。1951年にはポルトガルの海外県となり、自治領としてスタートした。1979年にポルトガルと中国の国交樹立の際、マカオの主権が中国にあることが確認され、1986年にはマカオの返還交渉が始まり、1987年に中葡共同声明により1999年12月20日に中国へ返還することが決まった。 |